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【X Factor】格闘家としてプロデビューへ 胎内DEERS井上翔太が異種競技挑戦に懸けるアメフトへの思い

2024年07月16日(火) 19:00

Xリーグは8月31日(土)に2024年の秋季リーグ戦をスタートさせる。ビジネスパーソンとフットボールプレーヤーの二つの顔を持つXリーグ選手たちが春から重ねてきたすべての努力を昇華させる季節の始まりだ。

その開幕に40日ほど先立つ7月21日(日)、もう一つの新たな顔を披露するXリーガーがいる。胎内DEERS所属のワイドレシーバー(WR)井上翔太(慶應義塾大学卒)だ。

社会人8年目で今年3月に29歳となった井上は、21日に東京の後楽園ホールで行われる総合格闘技団体「修斗」の公式大会「PROFESSIONAL SHOOTO 2024 Vol.5」でプロデビューを果たす。階級はフェザー級(65.8キロ)だ。

「もともと格闘技を見るのは好きで、興味はあったんですが、実際にやったことはなかったです」と井上は言う。これまでにやってきたスポーツは野球、サッカー、そして大学から始めたアメリカンフットボールだ。そんな井上が、格闘家としての一歩を踏み出すきっかけとなったのは3年前の福岡への転勤だった。

【グラブを着用して構える井上(左)  赤崎道場 A-SPIRIT提供】

当時大手の銀行に勤めていた井上は2021年4月に福岡に赴任した。彼の所属するDEERSは東京都調布市に練習場があり、試合会場は主に神奈川県川崎市の富士通スタジアム川崎だ。練習や試合のたびに福岡から通う日々を1シーズン過ごした後のシーズンオフに一大決心して格闘技の門をたたくことになる。

「(福岡には)友達もそんなにいないし、暇だったこともあって、変わったトレーニングをしたいと思ったんです。それまでとは違った目線、違った場所で新しい刺激を取り入れてみたいというのもありました」という井上。思い立った後の行動は早かった。その日のうちに現在も所属する福岡市の赤崎道場A-SPIRITに電話をし、入会。格闘家としての新たなキャリアをスタートさせた。
とはいえ、当時ですでに26歳。格闘技を一から始めるには常識的に考えて遅すぎる年齢だ。それは井上自身もよくわかっていた。「格闘技をやっている人は小中学生の時から空手、ボクシング、柔道、レスリングをやっていた人が多く、それをベースとして戦います。(自分は)遅すぎる歳でした」
格闘技系のバックボーンのない井上は案の定苦戦する。

「すべてが戸惑いでした。簡単そうに見えるジャブですらできないんです。キックもできなければ、相手と組んだ時に自分より体重の軽い相手にこかされて負ける。今まで味わったことがないくらい体の使い方が全然違う。日常で人を殴ることもないので、距離感がつかめない。自分の攻撃は当たらないのに、相手の攻撃ばかりが当たる感じで、常に練習ではボコボコにされました」と振り返る。

半年ほど経つと試合にも出るようになったが、初戦の北九州大会(2022年7月)と2戦目の山口県での大会(翌年3月)はいずれも1回戦で敗退した。「やっぱり厳しい世界だ」と感じたそうだ。

それでも井上が格闘技を断念しなかったのには理由がある。格闘技を始めるにあたって二つの強い思いがあったからだ。ひとつは何かのスポーツでプロになりたいと思ったことだという。成人してから野球やサッカー、アメフトでプロになる道はほぼ閉ざされている。しかし、ボクシングや格闘技では社会人になってからプロになった例はいくつかある。井上はそれにチャレンジしようと考えたのだ。

【 練習相手との間合いとりつつ攻撃機会を狙う井上(左) 赤崎道場 A-SPIRIT提供】

井上を支えるもうひとつの強い思いはアメフトへの貢献である。格闘技を続けることがなぜアメフトへの貢献に結びつくのか。

「僕たちアメフト選手にとってライスボウルは一番の大舞台。でも、一般の人はあまり興味がないというか、アメフトが日本ではあまり浸透していなくて、それが自分の中で悔しいというか悲しい。アメフトってすごくいいスポーツだし、僕たちも大学で4年間やって、育ててもらったスポーツなので、みんなに魅力を分かってもらいたいなっていう思いがずっとありました」と井上は言う。そこで、自分に何ができるかと考えた末の答えが、衆目を集める大きな舞台に格闘家として自らが出ていくことだった。

「僕が格闘技で強くなって、テレビで放映されるような大会に出て、『(自分は)アメフト出身です』と示すことができたら、『アメフトってどんなことをやっているんだろう』と興味を持つ人が増えてアメフトが広がるんじゃないかと思ったんです」

慣れない格闘技に戸惑い、練習で自分より小さい相手に負かされても心が折れることはなかった。プロ格闘家として成功してアメフトを広めるというマインドセットが固まったからだ。それと同調するように格闘技の試合でも結果が出るようになった。

昨年8月に出場した「アマ修斗九州選手権」で準優勝し、2か月後の全日本選手権への出場権を獲得した。全日本選手権は出場して1~2回勝てばプロの権利を得るという事実上のプロテストであり、ここでも準優勝を果たし、晴れてプロになるという目標を実現したのだった。

「(勝てるようになったのは)気持ちの問題が大きいですね。(負け続けていたころは)勝とうと思って試合をやっていたんですけど、それだけじゃなかなか勝てなかった。生きるか死ぬかくらいの覚悟を決めて、殴られてもいいから殴っていこうという気持ちで九州選手権に臨んだら奇跡的に準優勝できました」

現在は週に1~2度格闘技の練習をし、アメフトのシーズンは土日に練習・試合があるという日常を過ごしている。格闘技の経験は「本業」のアメフトにも生きているようだ。

「格闘技を始めて食事に気を付けるようになり、体脂肪も8%くらいにまで落ちました。裸足で練習をするためか、アメフトとは違う体の使い方や動かし方をするので体幹がよくなりました」

【Jr.パールボウルの第1Qに先制のTDパスキャッチを決める井上(右)  ©X LEAGUE】

それはフィールド上での成績にも表れている。今年の5月11日に胎内DEERSがホームタウンとする新潟県胎内市で行われたXリーグの春季公式戦・Jr.パールボウルトーナメントでは試合開始早々のプレーでいきなりキックオフリターンTDをあげた。井上は同じ試合でパントリターンでもタッチダウンを記録する活躍で、勝利に大きく貢献した。6月16日行われたトーナメント決勝戦でも味方のTDをお膳立てするパスキャッチと、自身によるTDパスキャッチも披露し、要所でエース格の活躍をした。

昨年の胎内DEERSは井上のポジションであるレシーバー陣に人材が少なく、「自分がやらなければ」という意識を持たざるを得なかったという。チームは最上位カテゴリーのX1 Superで0勝4敗1分けの成績に終わり、入替戦でも敗れてX1 Areaに降格した。この時に感じた責任が社会人リーグ8年目の今年に懸ける思いを一層強くする。「去年の環境は自分を成長させてくれたと思う。大事な試合で負けてしまった責任も感じました。そんな思いを経て今年に臨んでいます」

井上には思い描くイメージがある。プロの格闘家として注目される存在になって、アメフトの存在を広く知らしめる瞬間だ。それが自分を育ててくれた競技への恩返しになる。

その夢への挑戦は21日、後楽園ホールで鳴り響くゴングとともに新たなステージの幕を開ける。